GFDのCEOブログ

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高い価値観を考える

最近の話題はもっぱらリオオリンピックの話題で持ちきりですが、

実は自分もなぜだか分かりませんが、

人生の中でここまでオリンピックを見ているのは初めてというくらい、リオオリンピックを見ておりおかげで慢性的な寝不足が続いています。

オリンピックを見ていると、

メダルのために、自身のすべての人生の時間をかけて一心不乱に努力していたんだろうなぁ〜という背景を勝手に想像してしまい、全く思い入れもない競技なのにじわーっと感動したりしています。

特にオリンピックのような国際大会で、国の威信をかけて競い合うような大会だとなおさらだと思いますし、筋書きのないドラマは筋書きのあるドラマより見ていて何倍も面白いです。

その中で、なぜここまで努力が出来るのか?という事をふと考えてみました。

オリンピックに出るような選手の場合、恐らくは幼い頃からいつかはオリンピックに出たい!メダルを取りたいという明確な目標があったに違いませんが、

その目標に対して、高い意識と高い価値観を維持して打ち込んできたんだと思います。

意識は目標に支配されるというのが僕の持論ですが、

すべての行動に対して高い価値観というものがなければ、この意識を維持する事は不可能だと思います。

少し話は変わりますが、

先日ネットで見た記事に書かれていた内容で、

某有名ホテルの教訓で、「100マイナス1はゼロ」という教訓の話がありました。
普通の計算では、100マイナス1は99だと思いますが、
「ちょっとできていなくても99%できていればいいじゃないか」という甘い判断は意識の低い価値観であり、これを放置しておくと低い意識で、手抜きの仕事に取り組むことになってしまうため、「100マイナス1はゼロ」という考えを持たせていると書かれていました。

また、この記事ではサービスや努力においては、100のうち1つでもできていなければ信用や成果はゼロになるという判断こそが高い価値観とも書かれていました。

話を戻しますが、

スポーツの世界でも同様の考え方があり、

プロ野球監督の野村監督は、「技術の前に人間を磨け」と、常に選手に言っていたと言われています。
小手先の技術を指導する前に、人間力を磨き「高い価値観」を示し、努力に励めと教えていたというのは有名な話だと思います。

ただガムシャラに努力をしているのではなく、何が身になり、何を吸収するのか?という事を常に考え、謙虚さを持ち、自分の力を過信せず、努力をし続ける。

その先に、本当の成果や報酬があるというもはや聖人君子か何かのような考え方です。

僕自身は到底この考えまでは至っておらず、行動もそこそこですが

自分の人生を生きる上でこの考えは常に持っていきたいとオリンピックを見て思った訳です。

ちなみに

うちの父親は1964年に開催された東京オリンピックに出ていますが、

競技選手時代の父親は当然知らないという事を、前提とした上で、、、

果たして父親が「高い価値観」を持っているのか?と問われると、

お盆に実家に帰省した時に、実家の庭で上半身裸(直接的な表現だとパンイチ)で庭の整備をしている父親を見ている息子としては、とても微妙な空気感になる訳です。